nengoインタビュー

横浜市会議員 飯田 助尚氏 横浜市会議員 飯田 助尚氏
的場
戦前綱島は温泉と桃の街として栄え、とても良い街並みがあったと聞いています。なぜそれが無くなってしまったのでしょうか?
飯田 氏
日本は、江戸時代から、明治に変わり「西欧文化」を受け入れるようになりましたが、新渡戸稲造の『武士道』、内村鑑三の『代表的日本人』にあるような日本文化が、まず失われていく第1期目の変革期がありました。
そして、第2期として、戦後、GHQ占領下において、民主主義(自由主義)の防波堤としての役割の中、日本文化がさらに「西欧化」されてきました。
その中で、日本人の生活文化も、おそらく、江戸時代の生活習慣から、明治から昭和初期の生活文化、そして、戦後から現在の"ライフスタイル"へと変わり、街並みも変わってしまったのだと思います。
的場
ライフスタイルは変えても良いと思うのですが、伝統文化まで捨て去っているように感じるのです。
飯田 氏
開港後(国際社会にオープンになった後)、これら西欧文化への変革の中で、第1期には、フィジカルな日本文化の転換が主なものだったと思われます。
特に建築分野では、横浜を例にすると、横浜のキング・クィーン・ジャックと呼ばれる神奈川県庁・横浜税関本関庁舎・横浜開港記念会館をはじめ、横浜正金(現県立博物館)・ホテルニューグランド、また、馬車道におけるガス灯など、いわゆる外観が西欧文化の影響を受けたものを導入することが、「西欧化」だったのだと思います。
もちろん、それだけに留まりません。夏目漱石・森鴎外などの文化人ですら、自身の留学から西欧化に対する「とまどい」をもっていたのですから。

戦後の第2期より、これに加えて、メンタルな日本文化の「崩壊」が始まったのではないでしょうか?戦後教育といわれるように、GHQ占領下で新たな仕組みを作り、その中で、純粋な「西欧文化」とも違う、なにか「えせ」西欧文化が日本の中にできはじめました。
横浜市会議員 飯田 助尚氏 横浜市会議員 飯田 助尚氏
的場
「えせ」西欧文化ですか??
飯田 氏
戦前のメンタルをもった「なにくそ根性」の方々が高度経済成長を支える中、戦後生まれの団塊の世代は、核家族化や英語コンプレックスなど、メンタル部分において、非常に「陰」の西欧化が拡大したように思います。もちろん、陽の部分もあったのでしょうけれど。
的場
海外で活躍されていた飯田さんはその点コンプレックスはありませんよね?そういう人が増えてきたら日本も変わるかもしれませんね。
飯田 氏
建築においては、高度経済成長期から、おそらく的場さんが指摘した街並みが崩れたものと考えます。メンタル文化が変わり、フィジカル文化において、なにか基本になる本来の「日本文化」が消え始めたのではないでしょうか?
また、フィジカル文化が次第に変わることにより、メンタル文化がさらに変わる。そこで、メンタル文化とフィジカル文化の「負」の悪循環が完全な無限ループに陥り、街並みそのものが崩れていった。
もちろん、都市部における焼け野原からの再生に「まずは、どんな家でもいいんだ。」という時期もあったのでしょうけれど。
現在の建築については、はっきり言って、純粋な「日本文化」のメンタルもフィジカルも壊れた状態に陥っているというのが、私の抽象的な意見です。
的場
なるほど!そう考えるとスムーズに受け入れることができますね。
飯田 氏
というのも、我が家の母屋も、指定文化財でありながら、昔のいろり部屋は床張りに、土間はタイル敷きに、最悪なのが、くれ縁で雨戸を利用していたのに、雨戸をやめてサッシを使ってしまった…という状況です。

夏は暑くて、冬は寒い。
当たり前が、当たり前でなくなる技術として、機密性・断熱性の高いエアコン付きの住宅ができるようになった。
しかし、それは、現在のライフスタイルでは、当たり前のことのようになってきているのは、「耐え忍ぶ」日本文化が無くなってきたからとも言えます。
私のような戦後のライフスタイルを覚えてしまった人間は、住むことすらためらってしまうような家なのです。
的場
確かに「耐え忍ぶ」建築はもう受け入れてもらうことは難しくなっています。
というか耐え忍ぶ必要はありません。
その土地・自然にあった家をつくろうと思ったら作れる技術は十分にあるのですけどね。
飯田 氏
日本の気候にあった家を造っていた文化は、なんとも悲しいですが、すこしずつ、そして、確実に滅んでいったように思います。
それは、住む人間のメンタル・ライフスタイルが変わったからです。

これからできることは、新しい日本文化として、こうした歴史の変化を考えた上でライフスタイルの変化と共に従来の日本文化(無垢材の利用も含め)のハイブリッド化を進めていくことなのではないでしょうか?
是非とも新しい日本の建築文化を綱島から発信してみたいですね。
横浜市会議員 飯田 助尚氏 横浜市会議員 飯田 助尚氏

横浜市会議員 飯田 助尚(いいだ すけなお)氏

1971年2月5日生まれ 37歳
・早稲田大学法学部卒業
・職歴:宝通商株式会社 経営企画部部長
    インターネットセキュリティシステムズ株式会社(現 日本アイ・ビー・エム株式会社)
    管理本部 業務管理部長を経て
・2007年4月 第16回統一地方選挙にて初当選
現在、横浜市議会議員1期目